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伊達な広域観光圏
当地域は、藩政時代には旧仙台藩として伊達家が統治した一体の地域であり、 伝統を重んじつつも新しいニーズに挑み続ける進取の気性、華やかさ(粋)とつつましさを兼ね備えた美意識や思考性等が、 〝伊達文化〟として体現されています。
現在では、街並み等は時代の変遷とともに変化していますが、国宝である大崎八幡宮や瑞巌寺等の桃山文化との融合を今に伝える文化遺産、 ずんだ餅をはじめとする餅料理や米の代用食として飢えを凌いだ「はっと」(小麦を粉にして錬った料理)等の食文化、 家を守る窯神様等の風習等に見られるように、〝伊達文化〟の精神が生き続いています。
この地域は、万葉の時代から歌枕として都人の憧れの地となり、さらに西行や、元禄2年(1689年)には松尾芭蕉が訪れ「おくのほそ道」の中で、 仙台、松島、登米、一関、平泉、大崎を巡り、滞在し、多くの著名な句を詠んでいます。
これまで、当地域における観光への取組みは、個々の地域で行われてきましたが、この地域は東北における拠点・起点としての特性を備えており、今後の東北観光を振興するうえで極めて重要な立地条件のもとにあります。
こうしたことから、〝伊達文化〟を継承する旧仙台藩のエリアの中で、現状において観光連携に意欲的な市町を観光圏域として、 自然、歴史、文化等の多様な地域資源を活かし、「伊達」をキーワードに、それぞれの魅力ある地域をつなぎ、長期滞在を促進させるうえで、 多様ななかに深みのある旅を提供する『ゆっくり滞在、伊達な時間を過ごす旅』をブランド戦略テーマとして掲げ、 東北観光を牽引し滞在客を受け入れる力を備えた広域的な観光圏づくりを目指すものです。
かつて松尾芭蕉がこの地を旅して著した名紀行文「奥の細道」。
芭蕉の感動は、現代に続いているはずです。
その感動を現代版旅行記でちょっとだけ覗いてみませんか?
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60歳代のSさんご夫婦・東京在住・リタイア後に…>>




